豊岡まちづくりの軌跡 “デザイン”より “ものづくり”
国内最大の鞄の生産地、兵庫県豊岡市。その生産量は日本産の鞄のおよそ7割を占める。いま “鞄” を核としたまちづくりプロジェクトが進行中だ。前回に引き続き、豊岡まちづくり株式会社のマネージャー林 健太さんにお話を伺った。
林さんにとっての“つくる”とは何だろうか?
「自分にとっては “つくる”仕事しかしていないので、つくることがすべてですね。“ものづくり”によるまちづくりです。グッドデザイン賞のプレゼンで生意気にも、一部のデザイナーが“絵”だけを書いて、コミュニティデザインと言っているのはおかしいと批判したんですね。本来のデザインとは問題解決だと思っています。ただ絵だけかっこよくても、それって? と思うことがありまして……。僕たちは デザインだけではなく “ものづくり”チーム。しっかり考えたうえで、デザインは都会の人に任せればいいとも思っています。言葉は悪いですが地方はそういうことを使いこなすことが必要だと思っています」
重要なのは“イメージしたものをかたちにする実践的な能力”だという。しかしデザインについて言及しつつも、〈トヨオカ カバン アルチザン アベニュー〉は実におしゃれな内装。空間デザインにこだわりがあるようにも見える。手元の資料には〈トヨオカ カバン アルチザン アベニュー〉の建築デザイナーはイタリア人とある。「まずは、建築でものづくりを感じて欲しかった」と林さんは話す。
もともと“鞄”に興味があったわけではなかった
林さんは豊岡のまちづくりに関わって5年目、移住して3年目、トヨオカ カバン アルチザン アベニューをオープンして2年。その業績は好調。“ものづくりによる地域活性化”事例としてメディアからも注目され、全国から視察も多い。
しかし林さんは豊岡が故郷ということでもなく、特に鞄が好きというわけでもなかったという。
「もともと特別に“鞄”に興味があったわけではなかったんです。そもそもは大学では建築の勉強をしていて、その後は店舗のプロデユースや、地域づくりの仕事をしていました。豊岡のまちづくりに関わるうちに、地域の魅力を最大化するために結果的に地場産業である鞄に関わることになった。だから鞄に関わっていますが、やっていることは“まちづくり”なんです。つまり人を豊岡に集めるために鞄に取り組んでいます」
豊岡まちづくり株式会社林 健太さん。
林さんはまちづくりの基本的な考え方として、例えば外部からちょこっと地域に通ってコンサルしているだけではダメだ、と考えているという。
「何かやるときにはリスクをとらないとダメだと言われました。僕の場合は“移住をする”ということでした。また、前の会社の社長に言われたんです。一生に一度は男は腹をくくってやるべき時がある、と」
3年前、林さんは大阪の企画会社を辞め、豊岡の住民となり、豊岡まちづくり株式会社に呼ばれて就職した。
「地方は売り込みのアイデアを求めているんです。チャンスが欲しい都会の若者は会社で社会勉強したあとは、田舎に行って住んだらいい。田舎に行って実力を試したらいいと実感しました。東京はライバルが多いけど、田舎はライバルは少ないんです。
仕事がたくさん与えられて、そこで勝負をして、勝って、おもしろかったらそのまちに残ってもいい。そうでなかったら、違うまちに行ったらいい。ステップアップに使ったらいいのではと思う。豊岡のシンボルであるコウノトリのように。しっかり結果をつくってどんどん飛び回っていって、気持ちのいい場所に行ったらいい」
大手総研の理事長や大手の広告代理店のプロデューサー、自分が就職しようとしても落ちてしまうような大企業の社長がこの事業を視察にわざわざ会いにきてくれる、と言う。
「たまたま私は運が良かった。でもこんな風にコウノトリ戦法をする方法もあるのでは? と思うし、チャンスを望む人はやればいいと思う。コウノトリは飛び立つ鳥。永住となればハードルは高いが、しっかり頑張って巣立てばいいんです」
トヨオカ カバン アルチザン アベニュー。豊岡市の地場産業である鞄に特化した拠点施設だ。林さんたちは2年前にここを立ち上げた。写真提供:トヨオカ カバン アルチザン アヴェニュー
スーパーおじいちゃんを豊岡に集めたい
林さんは拠点施設トヨオカ カバン アルチザン アベニュー3階のトヨオカ カバン アルチザン スクールにて、やる気のある若者を集める一方、教える高齢の講師の方にも何らかの意味がないかと考えるという。
「高齢者移住を国が勧めていると聞くけれど、地方は受け入れるだけの意味があるか? と僕は思うんです。双方にとってメリットがあればうまくいくと思うのですが。うちの場合だと高齢者の方でも腕のある職人さんなら大歓迎で、それならどんどん受け入れますって宣言したら? と思っています。全国には職人のスーパーおじいちゃんがまだまだいると思います。しかもマッチングなどでうまくいっていない方もいるかと思います。地方はそれをうまく受け入れる方法があるのでは? って。例えば、うちでは、若くて意欲のある若者に技術を教えることが高齢者の方の生きがいにならないか?日本版CCRC構想って言うんですが、生きがいを見つけようって」
CCRC(Continuing Care Retirement Community)は米国で普及している高齢者コミュニティの構想。日本でも日本版CCRC構想が検討され始めている。アルチザンスクールをはじめとする鞄産業で、それをできないか?
「高齢者にとって生きがいは、教えることにならないか?技術を身につけられた職人さんが次代の、しかもやる気のある若者に伝える。このしくみができたら、鞄以外にも生かせると思う」
職人たちが力を発揮できる場所が数多くあるのではないか、と言う。伝統や文化を伝える役割、ものづくりの技術指導そして新たな産品の開発、スタディツアーにおいても培われた知識が生かせるのでは?と。
「移住は難しいことになりすぎていると思う。移住とは “ないこと”を楽しむことからだと思う。都会と田舎では価値観は異なります。厚切りジェイソンも言っているじゃないですか。“ワイジャパニーズピーポ”。なんで日本人こうなの?でも日本人はこうなんです。豊岡ではこうなんです。産まれた育った環境が違うんだから違うんです。でも移住とはそれが当然で、せっかく来たのだから楽しみましょう!」
最近は地域の移住促進などのためのプレゼンテーションの機会も多い林さん。写真提供:豊岡まちづくり株式会社
次はどこへ?
「事業は3年と言われています。できれば職を変わったほうがいいかと思うこともあります。責任感がない発言に聞こえるかもしれませんが新たなことが生まれるには人も循環したほうがいいんですよね」
これは驚きである。事業が順調なときに転職とは。
「引き留めていただければ幸せですが自分の人生なんで、どうするかはその時に決めます」
国内ではあちこちからお呼びがかかるのでは?
「わかりません。僕はドライな人間なんで、魅力のないものは売れないと思うし、それを挽回するほど自分には能力がないと思っている。伝統産業は残るものは残るのでしょうけど、補助金なしでやっていけない産業は生きていけないと思う。僕は古い家に住んでいて古いものが好きなんですが、新築の家に住んで新しいものを買っている人が感情論で伝統の良し悪しを語っても説得力ないですよね?例えば実際に着物は着ていないし、着物着てない人間が着物語ったらおかしいでしょ?着物の話とは関係なく伝統もビジネスあっての話、つまりニーズがなければ必要だと言っても難しいと思う」
ではいったいどんなことを考えているのだろうか。
「海外に行ったらおもしろいと考えていますが、何も考えていません。ただぼんやりと考えているだけですが、ある程度豊かなところには林のできる仕事があるかなと思うんです。できるかは別としてその場の魅力を最大限に引き出す。それが僕の仕事です。今回はたまたま鞄だった。行けば仕事があるはずです」
そうなれば、豊岡鞄とはいったん離れることになりますよね。
「実際に何も決めていませんが何をしていても私にとって豊岡は第二の故郷にはなると思います。豊岡の方々にこれほどまで良くしていただいた。このまま鞄のことを忘れようがない。どう考えても。地場産業は次に海外に出て行くしかないでしょ?日本は高齢化で人口減少なんでしょ? 私は口だけの仕事で、実際には何もつくれない。だから、いい時はいいけど、ダメになれば……お呼びはかかるかはわかりませんが、そのときに林が英語しゃべれません、情報知りませんという状態だとまず仕事がないでしょ?英語を学ぶために、現地の生の情報を手に入れるために行かないと、とは思っています」
林さんは、地場産業の海外戦略を念頭に置いているのだ。そのためにいったんフリーになって次の展開に備えるということか。自らリスクをとって海外へ橋頭堡を築くということなのだろう。林 健太さん、この先も目が離せない。
Information
トヨオカ カバン アルチザン アベニュー
住所:兵庫県豊岡市中央町18-10
http://www.artisan-atelier.netトヨオカ カバン アルチザン スクールhttp://www.artisanschool.net
writer's profile
Tetra Tanizaki
谷崎テトラ
たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。
http://www.kanatamusic.com/tetra/
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Suzu(Fresco)
スズ●フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。
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