地元の人たちとのつながりから実現した山の購入
ついに山を買いました!東京で暮らしていたときは、まさか自分が山を買うなんて想像もしなかったけれど、いろいろな縁があって土地が手に入った。まずひとつ目の縁となったのが、この連載第1回で紹介した農家の林宏さんが山を買うというアイデアを私に教えてくれたことだった。
昨夏に林さんが山の土地を探していると知って以来、一緒に山を探すようになり、そして今回、山を共同購入することになった。もうひとつの縁は、岩見沢にふたつの山を持ち、山のことにとても詳しい日端義美さんとの出会いだ(連載第7回)。日端さんは、私たちに地主さんを紹介してくれ、また山でのさまざまな楽しみ方を教えてくれたのだった。
地主さんと土地購入の話が具体的にまとまったのは、昨年の雪が本格的に降り出し始めた頃だった。山の広さは約8ヘクタール(ちなみに東京ドーム1個分が4.7ヘクタール)。岩見沢の市街地から車で30分弱のところにある。この地域の山林の値段は、相場によると1ヘクタール20〜30万くらいのようだが、それよりも安い金額設定に地主さんがしてくださった。購入金額についてここで書くことは控えるが、値段というものは「あってないようなもの」であることを今回知った。
山の達人である日端さんが、あるときこんなことを言っていたのを思い出す。「地主さんがずっと大事にしてきた土地を譲ってもらうわけだから、自分ができる最大限のところを示すという誠意が必要だよね」確かに日端さんの言うとおりで、不動産屋から土地を買うのとはわけが違う。土地には地主さんの想いがつまっていて、値段などはつけられない場所であるはずだ。そこを譲っていただくのだから、相場という観点よりも、地主さんと購入側の気持ちから出てきた金額設定というのが何より大切なんだと思う。
山の土地を買うなんて初めての経験だが、加えて土地登記の手続きについても、司法書士に頼まず自分たちでやろうということになった。司法書士に手続きを頼むと10万円以上はかかるらしい。林さんが知人に聞いたところによると、「3回くらい法務局に行けば、自分たちでも手続きはできる」のだという。そこで、地主さんと売買契約書を自分たちで取り交わし、法務局で必要書類の作成方法について教わりながら手続きを進めていった。割り印の押し方も、収入印紙の貼り方もわからない私だったが、林さんが書類の作成から法務局のアポ入れなど、どんどん進めてくれたことで、登記をスムーズに進めることができた(林さんのおかげ!)。
いざ、法務局へ! この日は法務局で書類作成の説明を受けた。その後書類を提出し、最後に登記が完了した証明書をもらいに行き、本当に3回訪ねて手続き完了。半月ほどかかった。
こんな経緯があって、3月末、晴れて土地が手に入り、さっそく林さんと山を訪ねることにした。どうしてもすぐに山に行きたかったのにはわけがある。整備されていない山にはたいてい笹など下草がたくさん生えていて、思うように歩くことができない。けれどこの時期は、まだ一面が雪に覆われており、その上を歩くことができるため行動範囲がかなり広がるのだ。しかも、雪がギュッと圧縮されているので、カンジキがなくても上を歩くことができるところもいい。
これが購入した山! 木がほとんど伐採されているので、奥に見える木々の手前までが境界。8ヘクタールの広さは一望ではとらえきれない。
買った山を、まずは歩いてみた!
林さんと私が買った山は、境界の部分が深い沢になっている。道路側からずっと奥まで歩いて小さな岬のような突端に立ったとき、沢が見下ろせるダイナミックな風景が広がっていた。「ここならパラグライダーできるかなぁ」と林さんがつぶやいた。林さんは以前、趣味で500ccの小型飛行機を操縦していたことがある。いままでだったら叶うことのない、そんな突拍子もないアイデアが、なんだかここなら実現できそうで、ワクワクする気持ちは私も同じだった。
また、林宏さんとともに山に来ていた妻の睦子さんは、沢の斜面を滑り台のようにスルスルッと降りて、わが家の子どもたちと一緒になって思いっきり遊んでいた。「ここで子どもたちと森のプレーパークをやってもいいね」そんな話を睦子さんとしながら、私はいままでにない爽快な気持ちを味わっていた。
岬の突端まで歩いていくと、眺望が開ける。
両脇に沢があり、その沢がここで合流している。岬からはかなりの勾配があるので、もしかしたらパラグライダーもできる?
雪の斜面を滑り台のように降りていく林さん一家とわが子たち。とても私はこの斜面を滑る勇気は出ない!
写真ではわかりづらいが、この傾斜は45度以上ある。スキー板をはいて直滑降で滑ったら命の危険を感じるほど。道産子のみなさんは、全然動じていないことに驚愕。
次に訪ねたのは、4月に入って雪が解けてなくなった頃だ。この山は木がほとんど伐採されているため、笹原となっている様子がよくわかった。今回は、切り倒した木を運ぶためにつけられたブルドーザーが通った跡(通称、ブル道)を頼りに歩いていった。
この日の目的は、どこまでが私たちの土地になるのかをこの目で確かめること。法務局で入手した地番図やグーグルアースの地図を頼りに、その境界をたどってみた。山の土地の区画は、だいたい沢などの地形の切れ目で分かれていることが多く、なんとなくこの辺? というのが、おぼろげながら把握することができた。周囲をぐるっとまわるだけでも30分以上はかかる。あれこれ見ながら歩いていると、すぐに2時間ほどが過ぎていた。
あいにくの天気だったが山を訪れた。雪が解けると風景は一変。ブル道ぞいに笹がたくさん生えた景色が広がっていた。
沢の向こう側も購入した土地に含まれていることがわかり、あらためて広さを実感。沢を渡るのに吊り橋をつくったら楽しそうと夫と林宏さん(えっ、そんなことできるの?)。
雪のときに登った岬を、沢側から見るとこんもり盛り上がって見える。「古墳みたいだな〜。俺の墓にするか」と夫。王様気質が見え隠れすような、不可思議な発言に思わず苦笑。
沢には雪解け水が豊かに流れている。夏になると水が枯れてしまうようで、それが少し残念なところだ。
毎週末に「山活!」スタート
さて、これからこの山をどうしていくのか。私はそもそもエコビレッジをつくるために山の土地を買ってはどうかというアイデアを持っていたのだが、1年ほど調べていくうちに、家を建てインフラを整えるのはとてもお金のかかることだということに気がついた。ならば空き家を活用していくほうが現実的ではあるのだが、山の土地を買ってみるというのはなんだかとてもワクワクすることだし、山の恵みを暮らしに活用できるんじゃないかと思って、今回購入に踏み切った。
さらに、この山は木がまったくなくてなんだか少しかわいそうな感じがする。手をかけていくことで、少しずつここが豊かな土地として再生することがとても大切なことのように思う。林さんも気持ちは同じで、山菜やきのこを採ったり、果樹を植えたりするなどして山を活用していきたいと考えている。
木がほとんどないので、荒涼とした雰囲気があるが、それでも地面に目を凝らすと、自然の営みがしっかりとあることに気づく。木の切り株からは新芽が出ており、ふきのとうも顔を出す。
ふきのとうとともに春の訪れをつげる福寿草の可憐な黄色い花も見つけられた。
小さな青い花も発見。調べてみるとエゾエンゴサクといって、蜜をなめるとほんのり甘さを感じる花で、アイヌが「トマ」と呼んで食用としたという。
いろいろと夢は膨らむが、まるで初めての経験だし、しかも山にいると土地が広大すぎて、どこから手をつけていったらいいのか、なんともとらえがたい気持ちになってくるのが、現在の正直な感想だ。そこでまずはブル道添いに、ハーブや花、低木などを植えて、道を美しく整えていくことから始めてみようと林さんと相談した。
ということで、いよいよ山での活動が始まった。この活動を「山活!」と名づけ、当面は友人たちにも協力をあおぎながら、週末に山の整備をしていくことにした。木をどうやって育てていけばいいのか、山の環境に合うハーブはどんな種類なのか。わからないことだらけだけど、とにかくなんでも試してみようと思う(とりあえず場所は広いわけだし)。今日から始める小さな一歩ということで、育てみたい樹種を見つけたら、タネを拾って集めるという地道な(地道すぎる!)取り組みを始めたところである。
この日は初めての「山活!デイ」ということで、友人たちも集まった。私たちの山の隣が、山の達人、日端さん(写真左から2番目)の土地だ。日端さんがどうやって山を活用しているのか、レクチャーをしていただいた。
公道に面したところは缶やペットボトルのゴミがたくさん転がっている。こうしたゴミを拾うことも大事な山活!
公園で見つけたトチの実から芽が出ていた。これも拾って山に植えたら木が育つのかなぁ……。
まったく素人だけど、なんとかなるのか山活!今後もリポートしていくので、ご期待ください。

writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/