47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。茨城でコロカルが向かったのは、奥久慈にある小さなパン屋さん。
里山で行列のできるパン屋さん
茨城県常陸大宮市にあるパン屋〈Sunny Side Kitchen(サニーサイドキッチン)〉。久慈川に寄り添う奥久慈の山奥にあり、県内でとれた小麦と自家製酵母を使い、こだわりのあるパンづくりをしているというのです。そうと聞いては、行ってみたくなる。時は春。桜は散りつつあるけれど、ピクニックをするにはぴったりの陽気です。さっそく、噂のパン屋を目指して出かけました。
東京から北茨城へ車を走らせること、約3時間。目的のお店は、小さな谷の周りに林や畑が広がる集落の山間(やまあい)にありました。
県外からこのお店へ出かけるなら、ちょっと旅をする気分で。平原と田んぼが続く道を車でひた走り、地図を見ながら山道を入っていくといよいよ道が細くなり「本当にこの先にお店が?」と心配になってきます。
そのうちに山をひとつ越え、そろそろと坂道を下っていくと急に視界が開け、かわいらしい看板が現れました。
三角屋根、平屋造りの一軒家。庭には桜の木があり、桜の花びらが舞っています。開店時間の少し前に着くと、すでに店の前には10人ほどのお客さんが待っていました。
開店時刻の正午を過ぎて店に入ると、使い込まれた木の空間の奥にカウンターがあり、焼きたてのパンが並んでいます。
黒と白のカンパーニュ、パン・オ・ショコラ、クロワッサン、ひまわりの種やクリームチーズがごろりと入ったパン、キツネ色のクリームパン。どのお客さんもスタッフと話しながらゆっくりパンを選び、トレイに山盛りのパンを買っていきます。
近所に住むおばちゃんや、世間話をしに立ち寄ったおじいさん、ベビーカーを押して来たお母さん……店内を見回すと、お客さんの年齢層はさまざま。それにしても、年配の方が日本のやわらかいパンとかけ離れたかたいパンを買っていく光景は、ちょっとカルチャーショックでもありました。
店主の金子康二さんに話を聞くと「この辺りに住んでいる方たちの平均年齢は、80歳ぐらいです。最初はつき合いでかたいパンを買ってくれていたりしたんですけど、そのうちに『ほかのパンは食えねぇよなあ』という方が出始めて。オープン後1、2か月は、お店を開けてからすぐパンが売り切れてしまうという日が続きました。最初は1日に3、4人ぐらいのお客さんしか来ないかなと思っていたんですけどね。うれしい誤算です」と、あっけらかんと語ります。
〈カンパーニュ黒〉は、金子さんが「ドイツパンの入り口」としてつくっているパン。かめばかむほど、石臼引きの小麦粉と全粒粉の素朴なおいしさが伝わってきます。金子さんはこのフランス由来のパンを何とか日本風にできないかと考え、茨城県内でとれた小麦と久慈郡大子町のリンゴから起こした酵母を使い、このパンを焼いているといいます。たしかにこんなパンなら、毎日食べてもいい。ご飯にも負けないぐらい、味わい深いパンです。
この場所にお店がオープンしたのは、2012年のこと。これまでに金子さんがどうやって腕を磨いてきたのか、興味が湧いてきました。
カウンターではお客さんのリクエストを聞きながら、スタッフがパンをとってくれます。「うちのパンおいしいですよ、と押し売りをしたくない。まずは1枚食べて好みの味を見つけてもらえたら」という配慮から、量り売りのパンもたくさん。
旅をするようにパンを学んだ修業時代
高校卒業後、すぐにパンの道へ進んだという金子さん。そのはじまりは、少々意外なきっかけでした。
「高校生のときに道端で話しかけてきた人が、たまたまパン屋のオーナーだったんです。その人のもとで働いてみたいと思ったのが、パンの道に入ったきっかけです。彼に惹かれて始めたところがあって、別にパンじゃなくてもよかったんですよね(笑)」
その後は、パンの道をまっしぐら。パンの講師を務めたり、カンボジアでパンの学校をつくるプロジェクトに携わったり、ドイツ、フランスを旅しながらパン屋に弟子入りしたり。店をオープンするまで、金子さんの生活は常に旅と旅の狭間にありました。
〈サニーサイドキッチン〉店主の金子康二さん。
「あちこち旅をするのが好きなんですよね。カンボジアにいたときもわりと自由な時間があったので、粉を入れたリュックを背負って2か月ぐらい旅をしました。そして行った先々で勝手に石窯をつくって、パンを焼くんですよ。現地の人からしてみれば、誰だ?って感じですよね(笑)。でも食べものって不思議なもので、パンを焼き始めると子どもが集まってくる。そのパンを子どもたちに食べさせて『おいしい』という単語を聞き出す。そうやって覚えた単語を連発していると、大人たちが集まってくるんですよ」
なんとも驚かされるエピソード。金子さんの屈託のない、あっけらかんとした話しぶりに、聞いているこちらの気分まで晴れてきます。
そうして日本の大手パン屋やドイツ、フランスの職人などから、さまざまな影響を受けながらパンづくりの腕を磨いていった金子さん。次第に自分の店を持ちたいと思うようになり、2010年、茨城出身の奥さまとの結婚を機に、茨城県古河市で移動販売のパン屋〈サニーサイドキッチン〉をスタートさせました。店名には“陽の当たるところ”という意味があるのだそう。それから2年後、教師をしている奥さまが常陸大宮市の学校に移ることになり、周囲に「常陸大宮に店を開きたい」と話していたところ、地元のブルーベリー農家さんが現在の物件を紹介してくれました。
「この家を見に来て大家さんと話しているうちに、気が合ってしまって。窓から見える景色もいいなあと思って、その日のうちに契約してしまいました。ここは以前、ピザとコーヒーのお店だったのですが、改装はほとんどせず、そのまま使っています。改装してまったく新しい家にしてしまったらこの辺りのおじいちゃんやおばあちゃんたちとの間に垣根をつくってしまうような気がして」
「特別な」という意味のあるパン〈スペシャリテ〉は、家を紹介してくれた農家さんのブルーベリーを使ったパン。(夏期限定)それは、金子さんが初めて地元の材料ばかりを入れてつくったパンだったといいます。現在この店で使っている小麦の9割は、茨城県産。他の材料も、なるべく茨城県産のものを使用しています。
材料の向こうに思い描く人がいる
カフェラテ 361円(税別)と〈クランベリー&チーズ〉232円(税別)。
サニーサイドキッチンのパンは高温長時間で生地を発酵させているため、仕込みに2、3日かかります。長く時間をとるのは、粉の風味をしっかり出すためと、自家製酵母の発酵力が弱く、発酵に時間がかかるため。なぜ長時間発酵にこだわるのかと聞くと、意外な答えが返ってきました。
「長時間発酵がやりたかったというより、地元の素材を使いたかったんです。遠くのすぐれた材料よりも、なるべく近くの農家さんが持って来てくれた、旬のものから酵母を起こしたい。小麦なんかも、近所の農家さんが『小麦つくったベー!』と言ってできたばかりの小麦をもってきてくれたりするんですけど、それを使いたいんです。そのためには、製法も変えます。例えばいま使っている桜の酵母は発酵力が弱いのですが、だったら発酵時間を長くとればいい。うちのパンは、素材ありきです。そんな感じで材料を集めているので、どの材料にしても、思い描く人がいますね。例えばライ麦だったら、80歳を超える農家さんがつくっていたり」
地元の素材から起こした自家製酵母。左からリンゴ、ツルコケモモ、桜。素材に住みついている微生物を瓶のなかで発酵させ、酵母に育てます。「ただ発酵させるだけでは、生地を発酵させる力のある酵母にはならない。育て方が重要です」(金子さん)
この店では、季節ごとに酵母を変えているパンも少なくありません。酵母を変えることによって味が変わらないように調整したり、ひとつのパンに2、3種の酵母をブレンドさせたり。どのパンにも、並々ならぬ努力があります。
月に1度しか登場しないクリームパン
訪れた日、偶然にも店に並んでいた〈特製クリームパン〉195円(税別)。
〈特製クリームパン〉は、絶大な人気がありながら売られる日がわからないという、伝説的なパン。ふかふか、しっとりとした生地の中になめらかなプリンのようなカスタードクリームが入った、食べると幸せな気持ちになるパンです。実はこのパン、ある方のオーダーを受けてつくっていました。
「この近くの山の奥に、〈石黒たまご園〉という卵屋さんがあるんですよ。そのお店の噂を聞いて見に行ったらすごくすてきなところだったので、そこの卵を使いたいなと思っていたんです。ちょうどそう思っていたときに、近くの療養施設の方が訪ねて来られて、『糖尿病の患者さんが食べられるパンを探しているんです』と言われたんですね。いろんなパン屋さんに相談したけど断られて、ダメもとでうちに来たというんです。それでどんなパンが食べたいのか、患者さんたちに話を聞きに行ったんですよ。そしたら『クリームパンが食べたい。でも医者にはクリームパンなんて2度と食えないと言われたよ』と言うんです。でも、そんなこともないかな、と思って」
そうして生まれたのが、石黒たまご園の卵をたっぷり使用した、特製クリームパン。クリームには麦芽の糖分がわずかに入っていますが、生地には一切砂糖を使っていません。努力の甲斐あって、専門家からも糖尿病の方が食べても大丈夫、とお墨つきをもらいました。
「そのパンを月に1度ぐらい注文を受けてつくるようになったのですが、あるときパンが余ったので、店に出してみたんですね。それから評判が広まって。以来、クリームパンをつくった日は余った分を店に出すようになったんです。よく『いつクリームパンを売るんですか?』と聞かれるんですけど、施設から注文があったときにだけつくるので『わかりません』とお答えしています。毎日焼いてほしいともいわれるんですけど、そのつもりもないんです」
注文があったときにしか焼かないのは、約束をした人たちのためにしか焼けないからでしょうか。だとしたらお店に並ぶのは、金子さんが少し多めに焼く、おすそ分けのクリームパン。クリームパンがたまにしか登場しないわけは、思ってもみなかった理由でした。
のどかな久慈川のほとりへ
おいしいパンをたくさん手に入れた私たち。せっかくなら奥久慈の自然を満喫できるところで乾杯したい……というわけで、金子さんが教えてくれた久慈川のほとりへやって来ました。国道を曲がり畑の間を通りぬけて河原へ下りていくと、辺りはびっくりするほど静か。ここだけ、特に空気が澄んでいるようです。この場所にブランケットを広げて、しばしピクニック。
この日のメインディッシュはサニーサイドキッチンの〈本日のキッシュプレート〉908円(税別)。イチゴは〈おひさまのいちご園〉で購入した〈いばらキッス〉。爽やかな甘さが抜群においしい。左上のピクルスは、道の駅常陸大宮〈かわプラザ〉で見つけたもの。野菜やお総菜、スイーツ、おみやげなども充実している道の駅は、食材の調達におすすめです。
ビールとパンのおいしい関係
ドイツ系のパンをたくさん揃えているサニーサイドキッチン。ドイツといえば、ビールの国です。
「みんな常にビールを飲んでいるので、ビールを飲みながらパンを食べるのは普通です。つまみのような感覚でチーズやザワークラウト、茹でたジャガイモなんかと一緒に食べます。ドイツでは、夜に火を使わない文化があるんですよ。パンも焼かずに、そのまま食べます。僕もドイツにいた時は、夜に冷たいバターを切ってパンにのせて、そのまま食べていました。バターに塩気があるので、ビールとよく合うんですよね」
金子さんによると、パンを発酵させる酵母の微生物は〈サッカロマイセスセルビシエ〉というビールと同じ系統のもの。そういった意味でも、パンとビールは相性がいいのだそうです。
ビールとパンと、冷たいバター。ちょっと意外な組み合わせですが、金子さんに言われるとおいしそうな気がしてくる。サニーサイドキッチンを訪れた人はそうやって新しいおいしさと出会い、この店のファンになっていくのかもしれません。
今回飲んだのは、
〈キリン一番搾り 取手づくり〉
茨城の豊かな食材を引き立てる〈キリン一番搾り取手づくり〉。茨城のおいしいものが、ますますおいしくなるビールです。空気がきれいなところで飲むと、一段とおいしい!
問合せ/キリンビール お客様相談室 TEL0120-111-560(9:00~17:00土日祝除く) ストップ!未成年者飲酒・飲酒運転。
information
Sunny Side Kitchen
writer profile
Yu Miyakoshi
宮越裕生
みやこし・ゆう●神奈川県出身。大学で絵を学んだ後、ギャラリーや事務の仕事をへて2011年よりライターに。アートや旅、食などについて書いています。音楽好きだけど音痴。リリカルに生きるべく精進するまいにちです。
photographer profile
Takeshi Abe
阿部 健
1980年神奈川県生まれ。日本写真芸術専門学校2部 報道・芸術写真科卒業。写真家平野太呂氏の助手を経て、2009年よりフリーランスに。
www.takeshiabe.com
credit
Supported by KIRIN